サッカー

加藤健人(ブラインドサッカー)の失明の原因や仕事は?結婚や嫁は?

加藤健人 ブラインドサッカー

ブラインドサッカー加藤健人選手。

“カトケン”の愛称で呼ばれている日本ブラインドサッカー界の第一人者です。

東京パラリンピックでメダルを狙っています。

加藤健人のプロフィール

名前:加藤 健人(かとう けんと)
生年月日:1985年10月24日
出身:福島県福島市
身長:165cm
体重:60kg
ポジション:FP(フィールドプレーヤー)
経歴:聖光学院→筑波技術短期大学

加藤健人の学生時代

加藤健人選手小学校3年生からサッカーを始めました。

小学5、6年生のときには福島市のトレセン入りを果たすほどの実力があり、将来はJリーガーを目指していました。

高校も福島県の強豪・聖光学院に進学。

本格的にサッカーに取り組んでいました。

加藤健人の失明の原因

そんな加藤健人選手でしたが、高校生の頃から視神経が萎縮するレーベル病という病にかかり、徐々に視力が低下していきました。

そして、18歳ごろには、視力をほぼ失ってしまいました。

レーベル病とは

細胞のなかでエネルギー産生を行う、 ミトコンドリア という器官の遺伝子の異常により、 網膜 の一部の細胞が選択的に障害される病気です。男性に多い疾患で、10〜30歳代に発症の大きなピークがあり、40歳代前後にもう一つのピークがあります。
発症すると数週間から数ヶ月の間に、両眼の視力低下、中心部の視野欠損が起こります。

出典:難病情報センター

レーベル病は遺伝性の病気で、現代医学での治癒は難しいそうです。

加藤健人がブラインドサッカーを始めたきっかけ

加藤健人選手は目が不自由な現実を受け入れられずに悩んだ時期がありましたが、両親がブラインドサッカー協会のホームページを見て勧めてもらったのがきっかけで、競技と出会います。

福島から一番近い筑波技術大にコンタクトをとって練習に参加し、ブラインドサッカーを始めました。

ブラインドサッカーとは?

ブラインドサッカーは、正式名称を“5人制サッカー”と言い、基本ルールはフットサルをアレンジしたもので行われます。

アイマスク転がると音の出るボールを使用してプレー。
音が重要なために、観客には静寂が求められます。

加藤健人選手は競技を始めて1年目には関東リーグで新人賞を受賞。

3年目には早くも日本代表に選ばれ、北京パラリンピックアジア予選に出場しています。

以後も、日本代表の主力として活躍中です。

加藤健人の仕事

加藤健人選手2010年10月からアクサ生命に入社しています。

社員の福利厚生施設リラクサ(マッサージルーム)を立ち上げ、開設以来セラピストとして社員の健康増進をサポートしてきました。

現在はアクサ生命の広報部に所属し、ダイバーシティ&インクルージョンアンバサダーとして、社内外への広報活動を担当されています。

加藤健人の結婚と妻

加藤健人選手は2015年の7月に結婚されています。

お相手は介護医療施設に勤務する女性で、加藤健人選手のクラブチームのサポートをされています。

最初は友人と一緒にサッカーを見に来ていたのがきっかけで交際が始まり、つきあってから約2年半で結婚しました。

お子さんも2018年2月に生まれています。

名前は「昂芽」

名前の由来は「立派な芽が出て、すくすくと育ちますように!」です。

加藤健人のまとめ

多くのアマチュア選手がそうであるように、加藤健人選手も仕事と競技の両立に苦労されています。

特に、金銭面が一番大変なようですね。

加藤健人選手はクラウドファンディングを利用して、資金集めをされていますね。

興味がある人はぜひ、こちらをどうぞ。

ブラインドサッカーでメダルを!加藤健人

東京オリンピックをきっかけに、ブラインドサッカーが日本でももっと広まっていくといいですね!

そのためにも加藤健人選手には活躍してほしいですね。