陸上

志田淳がガイドランナー(伴走者)を始めたきっかけは?現役時代の成績は?

2020年2月に行われた別府大分毎日マラソン視覚障害女子の部で世界新記録を達成した道下美里選手。

その道下美里選手をガイドランナー(伴走者)として青山由佳さんとともにサポートしたのが、志田淳さんです。

志田淳さんはこれまで何度もパラリンピック世界大会出場しているベテランガイドランナーです。

自身も若いころは3度も箱根駅伝に出場するなど第一線で活躍しています。

今回は「チーム道下」の一員として東京パラリンピックで金メダルを目指す志田淳さんについてまとめてみました。

志田淳のプロフィール

名前:志田 淳(しだ じゅん)
経歴:東海大学→NEC

志田淳の選手時代

志田淳さんは大学時代、箱根駅伝に3回出場。(第71、72、73回大会でそれぞれ10区、2区、7区を出走)

個人種目でも関東インターカレッジのハーフマラソン2位に入っています。

大学卒業後は実業団のNECに入社。

東日本実業団対抗選手権の20000mでは3回出場し、優勝2回、2位1回とすばらしい成績を収めています。

また、2000年には世界ハーフマラソンのメキシコベラクルス大会日本代表として出場。

しかし、オリンピックには一度も出場できないまま現役を退きました。

志田淳のガイドランナー時代

現役引退後は会社勤めをしながら、ガイドランナーに転身します。

ガイドランナーとは

ガイドランナーとは視覚障碍者と一緒に走り、走路を指示したり、声をかけて誘導したりするランナーのことです。

ガイドランナーには
・競技者の前方に出たり、選手を押したり、戦術に関するアドバイスをしてはいけない。
・また、ゴール時の写真判定の邪魔になってはいけない。
などの厳しいルールがあります。

ガイドランナーがこれらのルールを破ると、選手が失格となってしまいます。

視覚障害にとってのマラソンは個人競技でもあるとともに、団体競技のような一面もあるんですね。

志田淳さんはガイドランナーとして、IPC(国際パラリンピック協会)世界選手権オランダアッセン大会に出場して金メダル獲得。

その他にも、北京パラリンピックロンドンパラリンピックに出場しています。

自身が選手時代に叶えられなかったオリンピック出場という夢をガイドランナーとして叶えたんですね!

道下美里選手とは道下選手が銀メダルに終わったリオデジャネイロパラリンピックの後からチームを組んでいます。

志田淳は俳優

志田淳さんには会社員ガイドランナーとしての顔の他に俳優としての顔もあります。

「急に演じたくなったのと、一つの劇をみんなで作り上げていく姿を見て感動し、自分もその中でやってみたいと思ったから」
と、2009年の春に「劇団ひの」に入団。

これまでに「太陽の子」のお父さん役、「カモメに飛ぶことを教えた猫」の詩人役などで出演したことがあります。

志田淳のまとめ

東京に住んでいる志田淳さんと福岡に住んでいる道下選手は普段は一緒に練習することはほとんどないそうです。

それなのにレースで見せる2人の息の合い方は見事です。

東京で行われるパラリンピックでも抜群のチームワークを見せて、金メダルを獲得してほしいですね!