野球

冨岡聖平(バイタルネット)は東洋大学時代どんな投手だった?なぜアメリカに?

バイタルネット冨岡聖平投手がメジャーリーグのアスレチックスとマイナー契約!

これは予想もしていなかったびっくりなニュースですね!

冨岡聖平投手は甲子園出場経験はなく、大学時代はわずか1勝全国的にはほぼ無名と言えるピッチャーです。

大学の1年後輩の横浜DeNA・上茶谷大河投手も冨岡聖平投手のニュースを聞いて、驚きを隠せませんでした。


果たして、今回話題になっている冨岡聖平投手とはどんなピッチャーなのでしょうか?

冨岡聖平のプロフィール

名前:冨岡 聖平(とみおか しょうへい)
生年月日:1996年2月29日
出身:富山県黒部市
身長:180cm
体重:89kg
投打:右投げ右打ち
ポジション:ピッチャー
家族:両親と妹2人
血液型:O型
特技:イカ釣り
経歴:黒部市立田家小学校→黒部市立鷹施中学校→富山県立桜井高校→東洋大学→バイタルネット

冨岡聖平の小中学時代

冨岡聖平投手小学3年生から田家イーグルスで野球を始めました。

その頃から将来の夢はメジャーリーガーになることで、メジャー観戦が日課でした。
「特に夏休みは、ラジオ体操に行って食事が終わると、じいちゃんの部屋に急いでましたね」
と、野球好きの祖父と一緒に大好きなイチロー選手のいるマリナーズの試合ばかり見ていたと言います。

中学時代軟式野球部でプレーし、卒業後は地元の桜井高校に進学しました。

冨岡聖平の高校時代

桜井高校は甲子園には過去4度出場したことがある県立の高校です。

OBには元プロ野球選手の藤井翼さん(元・ソフトバンク)がいます。

藤井翼さんは現在、母校の野球部監督をされていますね。

高校時代の冨岡聖平投手3年夏の富山県大会での準優勝が最高成績で、甲子園出場はありませんでした。

冨岡聖平の大学時代

高校卒業後は東洋大学に進学。

東洋大学の1学年後輩には、上茶谷大河投手(現・横浜DeNA)、甲斐野央投手(現・ソフトバンク)、梅津晃大投手(現・中日)、・中川圭太選手(現・オリックス)らそうそうたるメンバーがいました

特に冨岡聖平投手は寮では隣部屋だった上茶谷大河投手と仲が良かったそうです。

上茶谷投手は冨岡聖平投手について
「“トミー”って呼んでました。めっちゃよくしゃべる先輩で仲良くしてもらった。大学時代はずっと一緒にランニングしてましたから」

大学時代、冨岡聖平投手6試合のみの登板で、わずか1勝(1敗)しか挙げられませんでした。

冨岡聖平の社会人時代

大学卒業後は新潟県にあるバイタルネットに入社し、野球を続けます。

バイタルネットでは主力として活躍。

社会人2年目には北信越大会決勝まで進みましたが、伏木海陸運送に2-4で敗れて、惜しくも日本選手権出場を逃しました。

きっかけは、テスト生募集の記事

社会人2年目にもドラフト指名がなかった冨岡聖平投手バイタルネットを退社し、独立リーグの新潟からNPB入りを目指そうと考えていました。

そんな時に冨岡聖平投手が目にしたのがアスレチックスの投手限定入団テストの記事でした。
「きっかけは、テスト生募集の記事でした。小学生の頃の夢はメジャーリーガーになること。挑戦するなら今しかないと思った」

2019年11月に行われた入団テストでは自己最高の152.9km/hを記録し、見事、合格!

合格にあたっては日本のマウンドよりも硬いと言われる米国仕様のマウンドが、冨岡聖平投手にあっていたと言います。
「自分は踏み出す足をつく場所が、えぐれてしまっているとダメなんです」
「すごく投げやすかったし、米国の球場のマウンドに近い形を作ってくれたチームスタッフや球場担当者の方にも感謝です」

まさにメジャー向きのピッチャーなんですね!

冨岡聖平のプレースタイル

冨岡聖平投手最速153km/hの速球を武器に球の勢いで勝負するタイプのピッチャーです。

変化球はカーブ、チェンジアップなど。

東洋大学の後輩・上茶谷投手に言うには
「柔らかいしなやかな投げ方でとりあえずボールの伸びがめちゃくちゃすごかったです! そしてすごく面白い人です。」

冨岡聖平のまとめ

今後、冨岡聖平投手は2月中にキャンプ地のアメリカ・アリゾナに向けて出発する予定です。

メジャーリーグへの道のりは簡単ではないでしょうが、これからも注目して応援していきたいと思います。

もしかしたら、将来は、大学の後輩の上茶谷大河投手とメジャーで投げ合うこともあるかもしれませんね!