プロ野球

神谷塁(琉球ブルーオーシャンズ)は沖縄出身の快速ドラフト候補!

琉球ブルーオーシャンズへの入団が決まった神谷塁選手。
BCリーグでは2年連続で最多盗塁を記録したスピードスターです。
長年課題と言われていたバッティングも“鳥谷打法”で劇的に向上しており、地元・沖縄に帰ってくる2020年には更なる活躍が期待されています。

プロフィール

名前:神谷 塁(かみや るい)
生年月日:1995年8月7日
出身:沖縄県国頭村
身長:172cm
体重:65kg
投打:右投げ左打ち
ポジション:内野手兼外野手。
経歴:国頭村立辺土名小学校→今帰仁村立今帰仁中学校→北山高校→ビック開発BBC→石川ミリオンスターズ→琉球ブルーオーシャンズ

名前の由来

神谷選手の「塁」という名前は、野球好きの父・義隆さんによって「(1995年の)夏の甲子園の開幕の日に生まれたから」という理由で付けられました。
その他の候補としては「ショート(漢字は未定)」、「球児」などがあったそうですが、
「塁がいい。塁がかわいい」
と最後は母の言葉によって「塁」に決まりました。

小中学時代

神谷選手は小学2年生から野球を始めました。
中学時代は軟式野球部に所属。
中学3年の時にはエース・平良拳太郎投手(現・横浜DeNA)を擁して、全日本少年春季軟式野球大会に出場!
準決勝まで勝ち進み、3位になっています。
当時の野球部のコーチは父・義隆さんでした。
そして、義隆さんが北山高校の監督に就任が決まっていたこともあり、
「みんなで一緒に甲子園を目指そう」
と、平良投手含むそのときのメンバーとともに地元の北山高校へと進学しました。

高校時代

高校では3年春にサードのレギュラーとして沖縄県大会初優勝を達成!
続く九州大会でもベスト8入りを果たしました。
準々決勝の久留米商業戦では、ピッチャーとしてもマウンドに上がり1イニングを無失点に抑えています。
(試合は0対4で敗戦)

3年夏の沖縄県大会では第一シードとなり、甲子園出場が期待されていましたが、美里高校との初戦(2回戦)で延長14回1対2サヨナラで敗れ、まさかの初戦敗退に終わりました。

クラブチーム時代

高校卒業後は地元のクラブチーム・ビック開発BBCに入団。
3年目の2016年には沖縄のチームとしては初めて、全日本クラブ野球選手権で優勝を果たしています。
この優勝をきっかけにさらに上を目指すことを決意した神谷選手は、独立リーグ出身のコーチの勧めもあり、戦いの舞台をBCリーグへと移しました。

独立リーグ時代

BCリーグでは石川ミリオンスターズに入団。
1年目からショートのレギュラーとして試合に出場します。
主に9番を打ち、打率は低いもののリーグ5位となる24盗塁を記録しました。

2年目は足の速さを活かすために外野に転向。
打順も上位を任されるようになり、35盗塁最多盗塁のタイトルを獲得します。
同オフに巨人の入団テストを受け、合格しましたが、ドラフトでの指名は無し。


この悔しさをバネにバッティングの向上に努めます。
その結果、3年目のリーグ戦では2年連続リーグ最多となる43盗塁を記録するとともに、打率.332の好成績を残しました。

そして、地元・沖縄にプロ野球チーム・琉球ブルーオーシャンズが誕生すること受け、2019年のオフにトライアウトを受験。
見事合格して、入団を決めています。

プレースタイル

神谷選手は50m走5秒7、遠投110mと非常に身体能力の高い選手です。
また、さまざまポジションを守ることができ、BCリーグ1年目には主にショート、2年目は外野(センター兼ライト)、3年目はセカンドを守っていました。
BCリーグ2年目まではバッティングが課題と言われていましたが、3年目に阪神・鳥谷敬選手を参考に打撃力アップに取り組むと、打率.332を記録するまでに成長を見せています。

まとめ

琉球ブルーオーシャンズのチームとしての目標はNPB加入ですが、選手個人の目標はどこになるんでしょうね?
やはりNPBのドラフトで指名されることが目標になるのでしょうか?
だとしたら、琉球ブルーオーシャンズから最初にドラフト指名を受けるのは神谷塁選手かもしれません。
元NPB組を抜けば、神谷選手が琉球ブルーオーシャンズでもっともNPBに近い選手だと思いますね。