大学野球

中島隼也(城西国際大)は高速チェンジアッパー!郡司裕也後輩のドラフト候補!

2019年の明治神宮大会で最も評価を挙げた選手の一人が、城西国際大学高速チェンジアッパー・中島隼也投手です。
中島投手は必殺の高速チェンジアップを武器にチームをベスト4まで導き、大会終了後には大学日本代表候補合宿追加召集されました。
“高速チェンジアッパー”
言葉の響きがかっこいいですね!
この言葉だけで中島投手のファンになりました。

プロフィール

名前:中島 隼也(なかじま しゅんや)
生年月日:1998年5月13日
出身:千葉県木更津市
身長:180cm
体重:78kg
投打:右投げ右打ち
ポジション:ピッチャー
経歴:木更津市立富来田中学校→仙台育英高校→城西国際大学

中学時代

中学時代、中島投手は千葉市リトルシニアでプレー。
同期には藤平尚真投手(現楽天)、1学年上には仙台育英でもチームメイトとなる郡司裕也選手(慶應大学→中日)がいました。

高校時代

中学卒業後は仙台育英へ進学。
仙台区営の1学年上には郡司裕也選手の他にも、佐藤世那投手(元オリックス、現横浜球友クラブ)、平沢大河選手(現ロッテ)と豪華なメンバーがいました。
中島投手は1年秋の明治神宮大会2年春のセンバツでベンチ入りはするものの、登板機会は無し。
2年夏の甲子園ではチームは準優勝を果たしていますが、この時は怪我のためベンチ外でした。

それでも2年秋の宮城県大会では優勝!
しかし、続く東北大会では準々決勝で青森山田に3対4で敗れ、甲子園出場はなりませんでした。

背番号1を付けて臨んだ3年夏の宮城県大会は準決勝東北高校と対戦します。
中島投手は延長11回を一人で投げぬきましたが、最後は内野安打で決勝点を奪われ、3対4サヨナラで敗れました。

大学時代

高校卒業後は地元千葉の城西国際大学へ進学。
1年生の春からリーグ戦で登板します。

交通事故

2年生の春には誕生日の夜に交通事故に遭うという不運に見舞われました。

昨年5月13日の20歳の誕生日の夜に、バイクにはねられて頭を強く打って入院、手術という不遇に遭い、復帰したのは秋のシーズン途中だった。

中日スポーツ

それでも3年生から覚醒!
春のリーグ戦で6勝を挙げ、MVP、最多勝、ベストナインに選出されると、3年秋のリーグ戦でも5勝1敗、防御率0.96の好成績を残し、最多勝ベストナインを獲得しました。

3年秋の明治神宮野球大会では、初戦の広島経済大学戦に先発して9回182球を投げ、7安打3失点(自責点2)完投勝ち。
準決勝では郡司選手のいる慶應大学と対戦。


前回182球を投げた疲労もあり、中島投手はリリーフとして登板しましたが、打者一人に投げただけで、試合も1対6で敗れています。

プレースタイル

中島投手は最速146km/hのストレートを投げる右投手です。
182球完投するなどスタミナも豊富。
高速チェンジアップ、スライダー、カーブなどの変化球を駆使して打者を翻弄します。

高速チェンジアップ

中島投手の必殺の武器となっているのが高速チェンジアップです。
ストレートと球速差が10km/h ほどしかない高速チェンジアップは威力満点!
打者はわかっていても当たらない!!
投げ始めたのは高校3年生の春からとのことですが、ここまでの武器になったのは大学に入ってからだそうです。

「人差し指と薬指で軽く挟んで、中指は添える感じで握ります。この握りは高校から変えていませんが、力感や肘をきっちり上げてから投げるようになったことで空振りを取れるようになりました」

高校野球ドットコム

高速チェンジアップはプロでも投げる人が少ない希少な球種です。
このまま極めていってほしいですね。

まとめ

3年秋の明治神宮大会では郡司裕也選手のいる慶應大学と当たりましたが、試合前から楽しみにしていた郡司選手との対戦はありませんでした。
対戦は2年後、中島投手がプロになってからですね!
その時が今からとても楽しみです。